『永田町ラブロマンスⅤ』
カシャーン!
グラスが机上から滑り落ち、砕けた音が耳に飛び込んでくるが、既に俺にとってはグラス一つが割れることなど、どう
でもいい事。
「こらこら頼光、そんなに暴れるな。机の上の書類も何もかもを滅茶苦茶にする気か?」
「おっ…前の所為…っ!…よっせ…」
桃のデスク上、身体をうつ伏せに押し付けられた状態で、俺は必死に抗っていた。
Yシャツ一枚を纏った体、首から肩口を大きく肌蹴られ、シャツを二の腕辺りまで引き摺り下ろされている。
腕をシャツ袖から抜かないままに、真白のYシャツその両の袖口を己が背の辺りで固く結ばれてしまえば、腕の自由
は一切利かない。
身体を大きく揺らす事で、桃の所業に力いっぱい歯向かえば、机上の書類は辺り一面に散らばり、先ほどまで琥珀
の液体を湛えていた繊細なグラスは床板へと勢いよく転がり、音を立てて砕け散るのだ。
「さぁ、いい加減いい子になって、大人しく身体を開いてくれよ、いつもみたいに…」
「…なっ!!」
背後から聞こえるのは、間違いようのない桃の楽しげな含み笑い。
きっと方頬を吊り上げ、瞳を輝かせて俺を見下ろしている。間違いない。そうに違いない。
想像するだけで、ブルリと身が震えた。とてつもなく苦味のあるものを口に含んだような、そんな感覚が身体の芯の
部分を走り抜けた。
カチャリ。と己の下腹付近で音が立つ。最終宣告のような、ベルトを緩める音。金属の触れ合う音。
横顔を机上に触れさせた状態で、身体を幾分か持ち上げ、腰を揺らすようにしてその手に抗ってみせる。だが、それ
は桃を喜ばす、宛らフランス料理の前菜。メインディッシュの肉料理を引き立てる、軽い口当たりの彩りのようなもの
でしかない。
それなのに、それを分かってはいても、最後の矜持はいつもと同じ事を己に繰り返させるのだ。
「腰を揺らすのは、今じゃあない。順番があるだろう?なあ、頼光……。タイムテーブルを組み立てるのは得意じゃな
いか。今すべき事は…」
桃は優しい声音で耳朶裏に囁きかける。
俺の腰を有無を言わせずグイと引寄せ、机と身体に適度な隙間を作るや否や、まるで手品のように下肢に纏うもの
全てを剥ぎ取った。
「そうそう。邪魔なものを取り払って、それから…」
「もういいっ…剣っ…剣っ…!」
今現在の行為を言葉でなぞられれば、まるで実況中継をされているようで居た堪れない。
無理な姿勢のまま、顔を桃の方へと必死に向ければ、桃が身体に覆い被さるようにして身を寄せてきた。
あの悪魔の声音が俺の耳朶を這う。
POISON……毒だ。
何にも勝る毒。
ああ、毒が身体を回る。
早鐘を打つ心臓を更に駆り立て、血流に乗り全身へ。
そして、脳が溶かされる。
そして待っているのは、精神の溶解。
「……ここに受け入れたんだろう?」
蕩けるような声。耳穴に言葉を受け入れた後、桃の舌先がゆうるりと耳朶を彷徨った。
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